早稲田経営学院・“Wセミナー”の総帥として34年もの間君臨し、年商120億までにした男は、徳島のデケンボ(勉強ができない子ども)だった。人生の道を切り開くことができたのは、思わず笑ってしまうほどの、えげつない「プラス思考」と「行動力」によるものである。
21.早稲田セミナー時代─司法試験予備校のパイオニア
1974年(昭和49年)は、巨人軍の“ミスター”こと長嶋茂雄が、「巨人軍は永久に不滅です」と現役引退をした年である。また、豊彦が新聞記者時代に、取材した元首相の佐藤栄作氏が、ノーベル平和賞を受賞した。この年の11月26日、32才の彼は、早稲田経営学院(Wセミナーの前身)を立ち上げた。公認会計士試験に、最終合格をしてから、一ヶ月後のことだった。企業の出発点は、東京・高田馬場の点字図書館近くにある、ビルの10坪ほどの小さな一室だ。職業訓練校を出たばかりの20歳の女性を、タイピストとして雇い、たった二人だけのスタートを切った。
小さな事務所の看板には、サブ・タイトルで「司法試験と公認会計士試験の短期合格」と併記した。「司法試験」を掲げたきっかけは、4~5年の受験時代、利用させてもらっていた区立図書館で、司法試験の受験生たちの様子をいつも見ていたからである。彼らは、昼前に図書館に来てはいたが、なかなか勉強を始めない。ゆったりした動作で、新聞を読んだり、パンを食べたり…。1時間くらいしてから、やっと机の上の本を読む。それも、目で追うだけの勉強で、サブノートに書いたり、まとめたりしていない。いつも、左右をうろうろする。頻繁にトイレに行く。「これが、“苦節10年”といわれる、司法試験浪人の実態か」と驚く豊彦。しかし、その後が、普通人と違うところである。「これは、ビジネスになるな」と思いつく。司法試験を中心とした国家試験の予備校を創り、「受験生のムダを省いてあげて、かつ、社会に貢献できる」と確信した。受験生活のすべてについて、“合格”の二文字にフォーカスし、“考・言・動”のピントを合わせる。そして、スピードを出す。「試験委員の意図を察する」「ページをめくる」「文字を書く」「資料を整理する」「目的地まで、速く歩く」などにおいて、“ピントとスピード”に気をつけて行えば、受験生活は、5分の1に短縮できる。“苦節10年”が“面白く2年”に変わることができる。これを受験ノウハウとして確立し、早稲田経営学院“Wセミナー”を「短期合格」・司法試験No1校に仕上げた。
このように、豊彦の長年の研究の結果、「重要項目は熟慮し、単純作業は超スピード」という「短期合格」のノウハウが完成した。しかし、彼は、それだけに、とどまる男ではなかった。今も、進化中である。スクール東京の最高名誉顧問になってから、「合格短期」という新ノウハウを構築して行く。予備試験・新司法試験という少し穏やかになった制度の下、暗記で受かろうとするラッキー合格を思考する者が増えてきた。それに危機感を持っている豊彦。そこで、まず、法学を理解する、そしてムダを省いて速く受かる新ノウハウ「合格短期」をかかげて、今も若い人たちと、共に勉強している。
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